大阪地方裁判所 平成10年(ヨ)1288号 決定 1998年8月17日
債権者
馬口勲
右代理人弁護士
板垣善雄
債務者
関西職別労供労働組合
右代表者執行委員長
森本桂一
右代理人弁護士
山崎優
同
石橋志乃
同
三好邦幸
同
川下清
同
河村利行
同
中西哲也
同
加藤清和
同
江口陽三
同
伴城宏
同
沢田篤志
主文
一 債権者が債務者に対し、組合員としての権利を有する地位にあることを仮に求める。
二 債権者のその余の申立てを却下する。
三 申立費用は二分し、その一を債権者の、その余を債務者の負担とする。
理由
第一申立て
一 債権者
1 (主位的主張)
債権者が債務者に対し、組合員としての権利を有する地位にあることを仮に求める。
(予備的主張)
債務者は、債権者を債務者の組合員として扱わなければならない。
2 債権(ママ)者は、債務(ママ)者に対し、平成一〇年二月七日から本案裁判の第一審判決の言渡しに至るまで日額金九四〇四円を仮に支払え。
3 申立費用は債務者の負担とする。
二 債務者
1 本件申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、債権者が、債務者のなした事実上の組合員の権利停止が違法不当なものであると主張して、労働組合員の地位の保全等を求めるとともに、本件処分が不法行為であると主張して賃金相当額の仮払いを求めたのに対し、債務者が債権者は組合費の滞納により除籍されたと主張して争う事案である。
二 争いのない事実
1 債務者は、職業安定法第四五条に基き(ママ)労働大臣の許可を得て労働者供給事業を行っている一般労働組合であり、債権者は、債務者の組合員である。
2 債権者は、平成元年一一月六日に債務者に加入し、当初はアントル支部に同二年一一月からなにわ支部に所属し、右各支部から事業の斡旋を受けていた。
3 債権者は、平成一〇年一月分及び二月分の組合費を滞納した。
三 争点
1 債権者の除籍の有効性
(債権者の主張)
債務(ママ)者以外の組合員が組合費滞納を理由に除籍されたことはなく、組合規約第一二条は二か月の組合費を滞納した組合員を自動的に除籍する趣旨であると解することはできない。仮に自動的に除籍する趣旨であるとしても、債権者は債務者から明確な根拠及び正当な理由なしに仕事の斡旋を絶たれ、組合費を納めないことにつき正当な理由を有するから、当然には除籍とならない。
(債務者の主張)
債権者は平成一〇年一月分及び二月分の組合費を滞納したため、組合規約第一二条に基き(ママ)自動的に債務者から除籍されている。
2 本件処分の性質及び正当性
(債権者の主張)
債権者は、平成一〇年二月七日に債務者なにわ支部長から「信頼関係が破壊された。」との通告を受けて以降、債務者から仕事の斡旋を絶たれたが、これは権利停止処分を意味し、組合規約によれば権利停止の処分は執行委員会の決定によるべきであるところ、右処分(以下「本件処分」という。)は右手続に基づかずになされたものであるから無効である。
(債務者の主張)
債務者は、債権者が事故の報告書等を提出しないため、従来の慣行にしたがって債権者に仕事を斡旋していないのにすぎず、債務者の右措置は組合内部の運営に関する問題であって、団体自治の領域に属するものであるから、裁判所の判断の対象とすべきではない。
3 仮払請求の可否
(債権者の主張)
本件処分により、債権者は他の労働組合に加入して仕事の斡旋を受けることができず、各事業所と直接雇傭契約を結ぶことも著しく困難であって、債権者が本件処分がなければ得られたであろう賃金を得ることができない。よって、債務者の右不法行為による損害賠償として、賃金相当額の仮払を求めるものである。
(債務者の主張)
本件処分は不法行為には当たらない。仮にそうであるとしても、損害賠償の仮払を求めるには、債権者には一定の収入があったが、本件処分によって一定の賃金を確保できなくなったという相当因果関係が要件とされるところ、債権者の就労形態は日雇であって常に就労できるわけではなく、また、債権者が他の労働組合に加入して仕事の斡旋を受けたり、自ら事業所と雇傭契約を結ぶことによって収入を得ることができるから、右相当因果関係を欠き、仮払を求めることはできない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(除籍)について
債務者の組合規約(<証拠略>)によれば、組合費及び組合で決められた負担金、臨時費を遅滞なく納入すること、組合員が二か月以上組合費を滞納したときは除籍されることが定められていることが認められ、債権者が平成一〇年一月分及び二月分の組合費を滞納していることは前記のとおりである。
しかしながら、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、従前から、債務者の組合員の中には二か月以上滞納したり、数か月分まとめて納付したりする者があったものの、これを理由に除籍された者はいなかったこと、債権者は、債務者から平成一〇年一月二七日以降仕事を斡旋してもらえず収入が途絶えたために組合費の支払いができなかったことが認められ、右事実に加え、債権者のみが組合費滞納により当然に除籍となることにつき債務者から何ら合理的説明がなされていないことに照らし、債権者が組合費滞納により当然に債務者から除籍されたという債務者の主張は採用できない。
二 争点2(本件処分の性質及び正当性)について
疎明資料及び審尋の全趣旨によれば次の事実が認められる。
1 債権者は、債務者の執行部の運営資金の処理に疑問を持つようになり、平成五年になにわ支部で起こった賃金のピンハネ事件をきっかけに債務者の運営状況を問いただすべく組合内で活動するようになり、また、仕事の斡旋が公平になされていないと感じて、執行部に対して仕事の公平な斡旋を要求するなどした。
2 平成九年頃から債権者への仕事の斡旋がことに減り始めと(ママ)感じた債権者は、監督庁である大阪港労働公共職業安定所(以下「職安」という。)に相談するようになった。
3 債権者は、平成九年になにわ支部の組合員のうち約一〇名が名簿から脱落し、当該組合員の納めた組合費の処理に不審を懐き、このような運営をただすべく代議員に立候補する決意をしたが、平成九年七月分の組合費がなにわ支部から本部に納付されていないことを理由に立候補の受付を拒まれた。
4 平成一〇年一月二六日、債権者は就労先の福住コンクリート工業株式会社での仕事中に、積雪した道路上で運転していた自動車をスリップさせ、右自動車を電柱にあてて破損するという交通事故を起こした。そこで、債務者のなにわ支部の支部長である栄靖二郎(以下「栄支部長」という。)は同月三一日に債権者と面談するつもりでいたが、債権者はなにわ支部に来なかった。
5 債権者は、その後の仕事の斡旋がなかったので職安に相談に行くとともに、同年二月二日、仕事の斡旋を受けようと債務者に電話したところ、栄支部長から一月三一日に来なかったことを叱責され、結局同月七日に面談することとなり、同日の面談において、栄支部長から「信頼関係が破壊された。」と告げられた。また、同月一〇日午前〇時ころ、債権者に対し、従前から債権者と執行部の仲裁役を努めていた小浜から債権者が運動をやめることと引き替えに仕事を出す旨の電話があったが、債権者はこれに応じなかった。なお、前記交通事故以降、債務者は債権者に対して仕事の斡旋をしていない。
右事実によれば、債権者が債務者の執行部の運営に疑問を持ち、債務者内部でさまざまな活動をするようになったため、債権者と債務者の執行部との間に次第に溝ができるようになり、債務者は債権者の起こした前記交通事故をきっかけに、債務者は、信頼関係が破壊されたと主張して債権者に事実上仕事の斡旋をしなくなったと認めざるを得ず、このように債務者が何らの正当な事由もなく、組合規約に定められた手続による制裁処分等をせずに、債権者を事実上組合員として処遇しないことは統制権の濫用として許されないと解するのが相当である。なお、債務者は、債権者が事故の報告書を提出しないため仕事を斡旋していない旨主張するが、前記認定事実に照らし、債権(ママ)者の右主張は採用できない。また、本件処分が統制権の濫用である以上、裁判所の判断の対象とすべきではない旨の債務者の主張も採用できない。
三 争点3(仮払請求)について
疎明資料によれば、債務者の行っている労働供給事業は、職業安定法第四五条に基づくもので、自主的な活動によって民主的に組合員の就労を確保することを目的とした非営利的なものであること、労働契約は、組合員と供給先の事業所との間に締結され、賃金は直接組合員が受けとっていること、組合員は、右賃金の中から債務者の維持運営に必要な組合加入金、組合費等を支払っていること、組合員の就労形態は日雇であり、供給先の事業所から申込みがあれば、債務者は供給先の業種及び仕事の内容、組合員の運転免許種別、性格等を考慮した上で適当と思われる組合員に連絡して仕事を斡旋することとなっており、組合員には必ずしも一定の収入が約束されているわけではないこと、債権者は他の労働組合に加入して仕事の斡旋をうけたり、自ら事業所と供給契約を結ぶことによって収入を得ることができないわけではなく、現に、債権者は本件処分以降にタクシー運転手として稼働し収入を得ていることが認められ、これらの事実を総合的に勘案するならば、債権者が本件処分によって賃金相当額の損害を被っているとはいえない。
四 結語
債務者が債権者が除籍されたとして債権者の組合員としての地位を否定して争っているところ、前記認定のように右除籍を有効であると認めることはできないから、債権者は債務者に対して、組合員としての権利を有する地位にあることを仮に求めることができる。また、前記の理由により債権者の仮払を認めることはできない。
よって、事案の性質に鑑み、担保をたてさせないで主文のとおり決定する。
(裁判官 永田眞理)